「高瀬舟」(森鷗外)

大正五年に森鴎外が投げかけた「問い」

「高瀬舟」(森鷗外)
(「山椒大夫・高瀬舟」)新潮文庫

「高瀬舟」(森鷗外)
(「森鷗外全集5」)ちくま文庫

高瀬舟護送役の同心・羽田は、
これまで見たことのないようすの
罪人に立ち会う。
唯一の肉親である弟を
殺害した咎で島送りになる
喜助である。
これだけの罪を
犯したというのに、
その顔は晴れ晴れとしていた。
羽田は喜助に尋ねる…。

鷗外の名作、ご存じ「高瀬舟」です。
「知足」と「安楽死」を扱った重厚な主題。
一文一文に宿る深い味わい。
何度も読み返したくなる
格調の高い日本語。
本作品こそ
日本文学の傑作だと思います。
ところで、読むたびに
私が思い起こしてしまうのが、
1991年に起きた
「東海大学安楽死事件」です。

入院していた末期がん症状の患者に
塩化カリウムを投与し
患者を死に至らしめたとして、
担当の内科医であった大学助手が
殺人罪に問われた刑事事件です。
日本の裁判において、
医師による安楽死の
正当性が問われた事件は、
現在までこの一件のみと思われます。

もちろん、本作品の喜助の行為と
東海大学事件は、
背景も事情も異なり、
安楽死として一つにくくれないほどの
隔たりがあります。
病を苦にするあまり自ら死を選んだ弟の
喉笛に突き刺さった剃刀を
引き抜いた喜助の行いは、
積極的安楽死と
同一視するわけにはいきません。

私が問題に感じているのは、
事件以来、安楽死の問題が
タブー化しているのではないかと
いうことなのです。
「安楽死」だけでなく「尊厳死」も含めて、
私たちの国では
法整備が進んでいません。
いや、議論さえ深まって
いないのではないでしょうか。
誰もが避けることのできない「死」が、
あたかも触れてはいけないもののように
避けられているような
気がしてなりません。

三年ほど前、ある市の写真コンテストで、
市長賞に選ばれた作品の被写体が
自殺した中学生であったために、
受賞が取り消された一件が
物議を醸し出しました。
その根底にも同じ思考が
流れているのではないかと思います。

「死」について考えることは、
ひいては「生き方」を
考えることに直結するはずです。
一人一人が充実した「生」を
全うするためにも、
「尊厳死」「安楽死」を含めた
「死」に関わる議論を始めるべき時期に
来ているのではないかと思います。

大正五年に
森鷗外が投げかけた「問い」に、
私たち日本人は
未だに答えを見つけることが
できないでいるように
思われてなりません。

※私などが紹介しなくても、
 中学校三年生のいくつかの
 国語教科書に載っています。
 子どもたちが出会う確率の
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Hiro1960さんによる写真ACからの写真

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「高瀬舟」(森鴎外)

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